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阿佐ヶ谷再発見の旅 ペンギンカフェ
旧中杉通りに出来たペンギンカフェ。 初めて来ました。 ゆったりしたスペースに小さめのテーブル。かなりガラス張りな感じなのだけど、日曜日の昼下がりは案外人でいっぱい。若い男性、地元マダム風とおっちゃんもいる。 妻と小一時間ばかし読書タイム。 外をのどかに行きかう人をたまに見ながら。俺は「忍びの者」の続きを。 深煎りの文士ブレンドは好みのコクであったがガトーショコラは濃厚過ぎであった。



posted by 大地丙太郎 | 00:08 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
今日の仕事
猫の額の庭の枯葉取り。
トネリコの枝切りを職人さんに発注のため。





今日は阿佐ヶ谷の自宅で過ごしたけど夕方5時くらいからやることなくて…読書もそんなに集中出来んし、M1を敗者復活から観てたけど、やる事ないわ〜。
仕事したくなったわ。
たまにゃこういう時があって仕事に向かえるのかもしれんなあ。

スーパーマラドーナ
和牛
銀シャリ

の順だな、俺M1☆
posted by 大地丙太郎 | 00:06 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
病院坂の首縊りの家
昨日は、どうも調子が悪いので思い切って仕事を中断して録っておいた『病院坂の首縊りの家』を見た。
まだ小説の方も遅々と進まないのだが。

いやあ、いいなあ〜コレ。
いいわあ〜。
ほとんど断片しか覚えておらず、はっきり覚えてるのは草刈正雄がひっくり返って「骨がダメだ骨がっ」というところだけだったのだが…。
いや、実にいい映画だ。
とにかく市川崑の金田一シリーズは怪奇とコメディとのバランスが絶妙だ。
最後の「私は由香利です」というところから泣きっぱなしだった。
突然姿を消す金田一とラストシーンが爽やかで。
泣いたまま終わった。
ずっと泣いてた。
もしかしたら『悪魔の手毬唄』より泣いてる。
桜田淳子、綺麗だったんだなあ〜。
原作では魚藍坂あたりの設定だけど、これは東京としていないのだなあ。
そしてロケ地が伊賀上野とは。
明日にでもロケ地巡礼に行きたい衝動。
えい、ネットから拾ってきた写真貼っちゃえ。
posted by 大地丙太郎 | 00:04 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
聖の青春
映画『聖の青春』
観てきました。大地は将棋はからっきしなのだけど「くるねこ」で一緒だった角川の野副さんがプロデューサーしている映画であるし…、大地の写真の大先生、もったいなくも師匠と崇めている中野英伴先生が関わっている。
映画はとても素晴らしかった。普通ならおよそ見ない映画ジャンルだと思うけど。演出が実に思い切りがいいと思った。派手な描写も音楽にも頼らない、役者の素材をホントに信じ切って撮っている気がした。この役のために太ったと思われる聖役の松山ケンイチも良かったけど、大地は羽生役の東出昌大が良かったなあ〜〜。
本編に中野英伴先生と同様のショット写真が出てきた時は胸がキュンとなった。そしてエンドクレジットに先生の名前を見つけてまた嬉しくなった。中野英伴先生のことはまた改めて書きたい。 とても静かな映画で対局中などほとんど音がないお腹が鳴ると聞こえてしまうほどだった。
あ、後、阿佐ヶ谷コンコ堂も出た(^.^)
posted by 大地丙太郎 | 00:03 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
【中野英伴さんのこと】
「舞台写真家を目指していたのです、学生時代は。
主に新劇が好きだったんだけどね。
今の自分からは想像出来ないね。一番苦手だよ今は新劇なんて。
でもそれは中野英伴という舞台写真家の先生に惚れたからですわね。
それで、舞台写真を俺も撮りたいと思うわけです。
近所になぜかいるんですよ、」
少し前にリツイートされた、昨年4/11の大地の呟きです。
ついでに続きを。
「お芝居やってる人が。
当時も阿佐ヶ谷。どっちかと言うと善福寺川公園の方だったけど、ふたりくらいの女優さんと知り合って、おふたりとも10代でしたねえ、今考えると若くしてそんな劇団の女優をやってる人がいたんですね。
そんで仲良くなってゲネプロとかに写真を撮らせてもらいました。
その後、同級生のバレリーナに紹介されて舞台写真の会社のバイトを始めましてね。写真大学時代でした。主にバレエと吹奏楽部の発表会。
夏になると児童劇団なんかの舞台が撮れる。楽しかった。
八王子に「アルプスの少女ハイジ」の舞台の写真を撮った時は話があまりに良くて感動しちゃってファインダーが涙で曇っちゃって見えやしないの。
劇団プークも行ったし。
そこで培ったのはシャッターチャンス。 だってだいたいはじめて観るお芝居の写真を撮るわけです。
どこが決めになるかは予測しないといけない訳で。
だんだん勘でシャッターチャンスってわかってくるのね。
中野英伴先生の写真を見まくってたからだなと思う。
その会社の社員カメラマンさんにも褒めてもらったりしました。
俺にはこんなアングル思いもしないなあ〜、なんて。
英伴先生の斜め構図ですね。」
去年の親父の誕生日のつぶやきだったみたいだね。
学生時代に大地は舞台写真家になろうと思ってた。
中野英伴先生は将棋対局の写真の他に舞台写真もたくさん撮られている。大地はむしろ将棋の方はからっきしではあったの。

なんでコレを今ごろリツイートされたのだろうと思ってリツイート先をたぐってみたら、どうやら『聖の青春』の映画絡みで中野英伴先生の名前が浮上しているようなのだ。検索してみると中野英伴先生の名前が少しヒットした。
何年か前に、中野英伴先生の動向を知りたくて検索してみた時はほとんどヒットせず、先生の今がわからずにいた。
『聖の青春』のエンディングクレジットに先生のお名前が出るようだ。
その『聖の青春』は確か『くるねこ』で一緒だった角川の野副さんがFBで広めていた…のを思い出した。
聞いてみるとやはり野副さんがプロデューサーをやっているようだった。
中野英伴先生のコトを話すと、まさかの大地との繋がりにびっくりしたようだ。 大地は中野英伴先生を師匠と呼んでいる。しかし、本当の弟子ではない。そこはとても苦い思いがある。
先生の名を検索したのは、たぶん20年ほど前で、漸く『こどものおもちゃ』で名前が知れるようになった頃。大地もやっと一人前になれたのではないかと思い、その昔、失礼をしてしまった先生にお詫びと現状をご報告出来ればと思ったのだ。ところが先に書いたように先生の名前はほぼヒットしなかった。
野副さんに聞いたら、二年前に亡くなられたとの事だった。
とてもショックだった。
二年前…。
もっと真剣にお探しするべきだったのではないだろうかと。
せめてもの思いでこの映画『聖の青春』を観に行くことにしたのだ。
この映画のことは別の投稿で書きました通りです。

育英工専の後に俺は写真大学に行く訳で、育英でも写真は撮っていたのだけど、写大時代に中野英伴先生の写真に出会うわけです。
当時はいきがって写真部を自分たちで作るわけです。写大にはたくさんの写真部があったので、俺たちの写真部の名前を考えてる時に見つけたのが、写真雑誌「写真リアリズム」。
渋いねえ。なんだか社会派な感じ。チャラチャラした写真なんか撮らねえぞなんて息巻いてた。写真とはなんぞやみたいな激論は毎日繰り広げるわけです。新宿で飲みながら。中野坂上から新宿までは歩くのね。貧乏だからさ。酒代とフィルム代が優先の頃よ。
「写真リアリズム研究会」という名前にした。だからリアリズム研究しなくちゃって生真面目に思ったりして「リアリズムとはなんぞや」なんてね。青いねえ。 その「写真リアリズム」という雑誌に、中野英伴先生の写真が載ってた。
物凄くズキューンと来た。
前進座の舞台写真だった。
さっき載せた写真のあの号に載っていた。舞台の床すれすれから狙ったローアングルで斜め構図。コレがたまらなく迫力があった。そして一瞬の役者の表情を捉えている。舞台という切り取られた空間での世界がこれほどまでに立体感を感じるものなのかと。この斜め構図は未だに大地が撮る写真のクセ。
そこから、大地は見よう見まねの舞台写真を撮るは日々。そしてそれを銀座で個展をやっていた中野英伴先生のところに押しかけて見てもらったりしたのだ。ここから恥ずかしい話になってしまうので端折る。
その個展が将棋対局の写真展だった。 ところが将棋からっきしの俺はそっちにはまったく興味を示さなかったもので、それがなんの対局だったのかは覚えていない。写真展のタイトルすら覚えていない。
頭には舞台写真しかなかった。
ただ、その時、一枚の対局写真に質問しているお客さんがいた。
「この写真は何故斜めなんですか?」と。
俺は「それが先生の特徴なんだよ〜」と心で思っていたのだが、先生が「将棋の対局は動きがないのでこういう構図にした方が動きが感じられると思いまして」ととても控えめに答えられたのを聞いて衝撃が走った。当たり前と言えば当たり前かもしれないけど「そうなんだっ!」って。このシンプルな答え…
それこそが真理だと思った。
お客さん、よくぞ質問してくれましたっ!
そして、それからも大地は斜め構図に磨きをかけて行ったのであります。

もちろん、ただ闇雲に斜めであればいいってもんじゃないことはわかりきったこと。
大学の写リ研(写真リアリズム研究会の略)に先生をお呼びした時のこと。先生との記念写真を撮った。
堅い写真だった。でもコレが普通だよね。
ところが、その後先生が俺のニコンFMを手に取り「今度は僕が撮るよ」とパシャパシャと何枚か。
その記念写真の違いがまた果てしなく勉強になったのです。

しかし、大地は舞台写真の方には行かず、アニメの撮影会社に就職することになるのです。
それから大地は一度も中野英伴先生にお会いすることもなく、今日の日まで来てしまったのです。
この長い年月を経て、大地はその先生の最初に見た写真の衝撃とその時の先生の言葉をずっと身にしみさせて来ています。
だから、やっぱり、師匠だと思っていたいと思うのです。

中野英伴先生、ありがとうございました。



posted by 大地丙太郎 | 23:58 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
【阿佐ヶ谷再発見の旅】2
夜はやっぱり「最近、阿佐ヶ谷は確かにまらん」と同意してくれた阿佐ヶ谷の遊び人・杉村重郎さんと飲み。ディープな阿佐ヶ谷を好む重郎さんと飲むのはなかなかのヘビィだわ。
昨日はここ。
川端通りの、がいや。
宇和島居酒屋ってコトで宇和島焼酎飲んで宇和島盛りを頂く。
同行のえいこは当然、ポンジュース。



その後はあるぽらん。
重郎さんはもっとディープな店に連れて行こうと思ったらしいけどその途中で引っかかった。
あるぽらんは3度目くらい。
きいろぐみのライブでも来たね。
ここはずっと阿佐ヶ谷らしいやね。
片岡一郎さんが定期的に活弁をやってるようなんだけど、まだ来たことがない。 もしかしたら来年ここで俺もなんかやるかも。

posted by 大地丙太郎 | 23:55 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
【阿佐ヶ谷再発見の旅】はじめました
ラ メゾン クルティーヌ
今日から阿佐ヶ谷にもう一度浸かるための旅を始めております。
先ずは昨日、阿佐ヶ谷の遊び人・杉村重郎の情報をもとに、ミシュランで☆ひとつとか推薦されているとかのこのフランス料理店に妻と行って来ましたよ。
場所は前から知っていたのだけど、吐夢の向かい。
ふたりとも、5,400円の近江牛コース。 シェフ自ら、シェフ自らとやたらウエイターが注釈してくれるのだが、それだけあって美味しい美味しい☆
シェフ自ら160日だか熟成させた近江牛ですってよ。
店は阿佐ヶ谷マダムで溢れておりましたぞ。
昼からなんだか高級なもの食べちゃったなどうも…。


posted by 大地丙太郎 | 14:50 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
阿佐ヶ谷がつまらない
阿佐ヶ谷も秋だ〜…。

だが…っ!

阿佐ヶ谷が危ないっ!
そんな気を強めている11月30日の朝。

阿佐ヶ谷としてのブランドが地に落ちかけている。
荻窪、高円寺に大きく引けを取っている。
特に西荻に。
街の魅力にだ。

つまらないぞ阿佐ヶ谷。
あの小澤があった阿佐ヶ谷ももうない。
富士ランチ消えた。プチもない。デル・ソルもヴィレッジヴァンガードダイナーもない。
パールセンターが活気づいてることももはやない。
ジャズストリートは日曜日にやらない。
とどめはあの暗い阿佐ヶ谷アニメストリートだっ!

つまらないぞ阿佐ヶ谷っ!

危し阿佐ヶ谷っ!

なんとかしたいっ!

と、俺は思うのだが、ちと、阿佐ヶ谷再探訪をしてみようか…


てな事を、阿佐ヶ谷の遊び人、杉村重郎氏にゆーたら彼も「うんうん、阿佐ヶ谷はつまんなくなった」と同意してくれたぞ。
やっぱりそうなんだな。
その勢いで明日飲むことになってしまったぞ。
こうしちゃおれん。
posted by 大地丙太郎 | 16:40 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
バブルかアニメ
シン・ゴジラは特撮実写だけど、コレと君の名は。が当たったのが約20年前のエヴァともののけが共に当たった時の事を思い出す。
あたしゃこっちでりりかやってましたけど。
この時の現象で少なくともアニメ界は盛り上がり、少なくともエンタメ界でカス的に扱われていたアニメがキラキラと宝石化したキッカケになったのは確か。
その恩恵としてはあたしもいろんなところで肩身が狭くなくなった。
あ、あたし、基本的にこの仕事は肩身が狭い思いでするものだとは思ってますよ。
でもそのおかげで少女隊の麗子を引き込むことが出来た。個人的に会いに行って思い切って当時のマネージャーさんに「アニメに出ませんか?」と言ったら「アニメ?是非☆」って。
うわー、反応変わったなーと思った瞬間でしたねー。
今回はどんな恩恵をいただけるんでゲスかねえ(^.^)
posted by 大地丙太郎 | 07:57 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
バンザーイ(^-^)/
午前中の会議をこなせば今日はあとフリーだから、体調悪かったら帰って寝ても大丈夫と朝出かけたが、腹にグピンといきなり来まして会議に大遅刻。
なんとか終わりましたら割とお腹が空きまして、万世橋が近いからそうだとんかつDJコラボは終わってしまったがその間に行けなかった肉の万世で肉ランチでもするかと胃腸炎にも関わらず思いまして4階に行きますと4人待ち。
待ち始めたところで、あ、ここ、東京駅に近いではないかと思い出し、ならばイーションのハンバーグが良いなと順番待ちキャンセルして神田まで歩いて東京駅でこのイベリコ豚とセッションの弁当を買い、ぎょ、隣のまい泉のエビフリャーも俺を呼んでいると買い込みTAHITI STUDIOに戻りいただく。
すっかり自分が胃腸炎だという事を忘れている。
バンザーイ。
万世ーっ。
万世は今度行くね。

そしてトムスで信長の忍びのラッシュチェックをしてTAHITI STUDIOでまたコツコツおじゃる丸とくのいちせぶん。



夜中最大に腹が痛くなって泣いている>_<
posted by 大地丙太郎 | 23:55 | - | comments(0) | trackbacks(0) |